時速160kmへの挑戦

限界を超えた、その先へ。

捨て猫②

 

『いやね、南苗穂は懐事情がアレだし、旧暁メンテックはナニワ汽車に合併して以来、蒸気機関車の整備をうけてないっていうもんだからさ。あと頼めるといったら、英国留学までして本場の蒸気機関車について勉強してきた小沼さんのいる清水製作所に頼むしかないし   

 

1月中頃、清水製作所 清水工場の改修工事開始に立ち会った福山は、さも他人事のように電子タバコを手にしながらそう説明していた。いやまったく、本当に他人事だから思い出すだけで腹がたつ。

福山の知り合いという個人が所有していたC62型蒸気機関車を、これまた福山の知り合いが勤めるある会社で保存するために整備しなおして欲しいということで搬入されたのだが、一通り見ただけでもすぐにでも動かせるほど状態はよく、強いて言えば一部配管の劣化に伴う水漏れと塗装剥がれ程度の修理にそう時間はかからないだろう。
ただ、一部が私の知っているC62とは異なる形をしていたことは、福山にそのことを尋ねても『秘密です』としか答えてくれなかったことも含めて気がかりだった。

『先方は3月頭には引き取りたいそうだから、まあ宜しく頼むよ。』

工場の改修工事はたった1時間前に、あんたの目の前ではじまったばかりだというのに、まったく無茶をいう・・・いや、元から無茶ばかり言うのは知っていたけど   

 

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   そんなことを振り返りながら、陽の暖かさを少しずつ感じることができるようになった2月終わりの今日、新たな持ち主となる人への納車を迎えた。
工場の改修工事と平行し引上げ線で各種整備を終えた機関車は凛とした姿で、その時を待っている。しかしこの機関車、プレートがまだ取り付けられていないような・・・

「プレートは別の会社で用意しているみたいで、先方の引渡し式でプレートを掲げるという手はずだそうです。」

納車準備中の作業員に声を掛けると、そのような言葉が返ってきた。なるほど、徹底して“秘密”を貫いているようだ。

ともかく、この清水製作所 清水工場を1番に出場したのがこの蒸気機関車であることに間違いはない。検査表にもしっかり“清水”の文字が入れられた。
誰の機関車で、どこへ納車されるのか社長の私すら知らないというのも随分とおかしな話だが、例えば捨て猫を拾い育てていくうちに愛着が湧いて、しばらくして持ち主が見つかりお別れをする、なんて感覚に似たような寂しさを感じながら、私は東京へ戻る準備のため事務室へ戻った。